アナモルフは世界を征服するのか?

https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/attention/marbled_crayfish.html
去年の7月、Twitterから驚くべきニュースが流れて来た。
メスだけで繁殖する外来ザリガニ、松山で相次ぎ発見…環境省「第2のアメリカザリガニにならないよう注意」
その名も「ミステリークレイフィッシュ」。
このニュースを見るまではその名すら知らなかったのだが、このザリガニ(英語でザリガニをcrayfishというそうだ)は何とメスだけで産卵し増える、つまりはクローンとして繁殖することが出来る生物なのだそうな。
しかもこのザリガニはわずか25年前にあるザリガニからの突然変異で生まれた、ということ。
突然変異というのはDNA配列の一部が何かの理由で変化する、と言う現象。変化した個体は通常弱い個体になり自然消滅してしまったり、また環境に適合せずに集団を作ることなく絶滅してしまう。
しかし中には環境に適合し、近縁とも交配出来て、変異したDNAを受け継いだ個体が集団化し固定化することがある。
それが進化である。
その進化したものが新しい種として人間に学名と言う名誉?なものが与えられ、このミステリークレイフィッシュはまだスロウザリガニの変異体という位置づけだったのだが、独立してProcambarus virginalis という学名が付けられた。
スロウザリガニは有性生殖で増え、ミステリークレイフィッシュは単為生殖で増える。
この違いが分かるだろうか?
スロウザリガニは交尾する相手がいないと増えることが出来ないのだが、ミステリークレイフィッシュはたった1匹で増えることが出来るのだ。
しかもその繁殖力はもの凄く、しかも雑食性なので、この1匹を池に入れようものなら、在来種としてそこで安定的に生活していた生物たちがことごとく生活を脅かされる事態に陥るのだ。
と、ここまで何故にザリガニの話をしているのだ、、、とお思いでしょう。
そう、本題はこれからですな。
そしてこのミステリークレイフィッシュと同じくクローンで増えていくキノコについて書いてみる。
ヤグラタケとアナモルフ

以前ヤグラタケについて記事を書いたことがある。
ヤグラタケの生態についてかなり詳しく書いた力作である(自分言っちゃう)。
「ヤグラタケとは何ものなのか?(前編)」
https://kinokobito.com/archives/9314
「ヤグラタケとは何ものなのか?(後編)」
https://kinokobito.com/archives/9380
この中でヤグラタケはアナモルフだとか無性生殖だとかそんな内容のことを書いた。
そしてこの記事を読んでくれた関西菌類談話会のTさんから
「ヤグラタケの記事、大変面白かったです!」
という大変嬉しいお言葉を頂いた。
まさにライター冥利に尽きるというのはこのことだ(ライターじゃないが w)。
そして
「でもアナモルフとかテレオモルフとかが良く分からなくって・・・」
とのお言葉も頂戴した。
なるほど、そうですかそうですか。
そうですよねぇ、、無性生殖とかクローンとかその理屈とか存在理由が分からなければ頭にスッと入ってことないだろうなぁ、、と思った。
そこで僕は
「分かりました!じゃあアナモルフとテレオモルフについて記事を書きます!!」
と言ってからもう2年経ってしまった。
Tさんは今でも待っているだろうか・・・・(苦笑)
アナモルフとテレオモルフ

この写真は神戸で見つけたオオゴムタケのアナモルフの写真です。
オオゴムタケはこうした枯れた枝や材などの表面を偽菌核プレートという黒いメラニン色素で出来た壁でくるみ、敵である他の菌類の侵入を防ぎながら材の内部を分解し、そしてそこから子実体を発生させるのです。
またオオゴムタケのアナモルフが発生している直ぐ近くでオオゴムタケのテレオモルフが出ていることもあります。実際はテレオモルフ、つまりはオオゴムタケと呼ばれているものを先に発見するのですが(笑)。
そんな目立つテレオモルフとちょっと控えめに現れている印象のあるアナモルフ、その生態とはいったいどういうものなのでしょうか?
それではアナモルフとテレオモルフについて解説を試みてみましょう!!
菌類の「二面性」:アナモルフとテレオモルフ
菌類にとって、アナモルフ(無性世代)とテレオモルフ(有性世代)は、一生のうちに切り替わる「成長のステップ」ではありません。同じ個体がその時々の状況に応じて使い分ける「生存戦略のモード(武器)」なのです。「世代」というとあたかも成長している過程での「期間」を表している様に思ってしまうのですが、そうではないのです。
1. アナモルフ(無性世代):「拡大と独占のモード」
栄養が豊富で環境が安定している時、菌類(主に子嚢菌類)は「無性生殖」という手段をとります。
- 方法: 菌糸から分生子を次々と放出します。これは自分と全く同じ遺伝子を持つクローンです。
- 戦略: ペア探しなどの手間をかけず、とにかく数で勝負することで、周囲の栄養を素早く自分のものにします。
アナモルフの凄いところは「自分と同じクローン」を大量に作る、ということ。これは生存競争を生き残ってきた強い個体(つまり自分)のクローンをたくさん作ることにより、強い遺伝子を沢山残していこうという戦略でもあります。
2. テレオモルフ(有性世代):「適応と進化のモード」
環境が厳しくなったり、冬が近づいたりすると、菌類は「有性生殖」という手段をとります。
- 方法: 雄と雌のような細胞同士が出会い、融合して胞子を作ります。
- 戦略: 遺伝子を混ぜ合わせることで「多様性」を生み出し、環境の変化に強い次世代を残そうとします。
テレオモルフの最も重要なポイントがこの「多様性」。
我々人類を含む動物や昆虫など多くの生物がこの多様性を確保するために、雌の寵愛を得るために雄同士でし烈な戦いを繰り広げたり、途方もない大海原で自分に適合したたった1匹の相手を探したりと、涙ぐましいぐらいにお相手探しに血道をあげないといけないのに、それでも有性生殖という形を取っているのはとても興味深いことですね。
3. 2つのモードの「スイッチ」
無性生殖で生まれたクローン個体であっても、一生無性生殖しかできないわけではありません。
同じ菌糸ネットワークの中で、環境の変化を感じ取れば、いつでも有性生殖モードへと切り替える「スイッチ」を持っています。つまり、ひとつの個体が一生の中で「増殖モード(アナモルフ)」と「変革モード(テレオモルフ)」を行き来しながら成長し続けるのです。
以下アナモルフとテレオモルフの違いをまとめてみます。
| 項目 | アナモルフ(無性世代) | テレオモルフ(有性世代) |
| 主な目的 | 個体数と勢力の短期間での拡大 | 多様性の獲得と過酷環境への備え |
| 生殖方法 | 無性生殖(クローン形成) | 有性生殖(遺伝子の組み換え) |
| 性別 | 不要(単独で分裂) | 必要(雄と雌の役割分担) |
| 作られるもの | 分生子 | 胞子 |
| 生存戦略 | 効率重視(爆発的に増える) | 変化重視(遺伝子の多様化) |
| ライフサイクル | 個体成長中にいつでもスイッチ可能 | 個体成長中にいつでもスイッチ可能 |
4.ではなぜこの2つの生活パターンがあるのか?
菌類がこれほどまでに繁栄している理由は、この「2つのカード」を持っているからだと考えられます。
「負けない(独占)」と「変わる(進化)」の二刀流をもっていること。もし菌類がクローン(アナモルフ)だけであれば、環境が激変した瞬間に全滅するリスクがあります。逆に、有性生殖(テレオモルフ)だけであれば、良い環境であっても慎重になりすぎて増殖スピードが遅くなり、他の菌に餌場を奪われてしまいます。つまり、「良い時はクローンで爆発的に増えて餌場を独占し、ヤバい時は有性生殖で遺伝子を組み換えて生き残れる子孫を作る」という、スピードと安定性を両立させた最強の生存戦略こそが、菌類がこの2つの生活パターンを使い分ける理由ではないでしょうか。
菌類たちは、私たちが普段見ている「キノコ」という姿だけでなく、目に見えない菌糸のレベルで、常にこのモードチェンジを繰り返している、と考えて良いかと思います。
アナモルフは世界を征服するのか?

これは子嚢菌であるネクトリア(アカツブタケ属?)のアナモルフである。
フジの落ちた豆の鞘をチェックしたら大量にこれが発生していたのです。
最初検鏡した後にこの頭の部分が胞子嚢のようになっており、沢山の分生子が詰まっているのが見えたので、ははぁ、、これはカビの仲間かな?と思ってTwitterにアップしてみると、なんとネクトリアのアナモルフだと教えてもらった。
そうかそうか、、こういうやつもいるのね。
アナモルフってテレオモルフの形態とはまったく違うという認識はあるのだが、じゃあテレオモルフの様にある一定の法則をもった形態ををしているのか、、と思いきやそんなことはないのかな??
だってオオゴムタケのアナモルフもかなり違うし、ナットウイチメガサのアナモルフも全然違う。一目見てこれは何かのアナモルフだなぁ、、って判別する方法ってあるんだろうか、、、
という感慨は置いといて。
今回の主題である「アナモルフは世界を征服するのか?」というもの。
答えは既に分かっているだろうが、敢えて言わせてもらうと
「アナモルフは世界を征服できない」
ということ。
いくらミステリークレイフィッシュが自己増殖してどんどん増えて行こうが、このネクトリアのアナモルフが勢力を広げようと彼らはいつかどんな形でか分からないがいつか増殖が止まる時が来るし、環境が変わってしまえばあっという間にその場所から存在を消してしますでしょう。
それは多様性がないからなのです。
多様性があることにより、何か劇的な環境の変化があった際にも、その何%かが生き残っていく確率が高くなるからである。が、しかしもし同じ性質ももったクローンの集団であり、その集団が環境の変化に耐えられない性質を持ったものであれば、集団もろともあっという間に絶滅してしまう、という状況に陥る。
地球が誕生して46億年。
大きな天災や天変地異が幾度となく発生し、繰り返し、その度に多くの生き物が死に絶えた。
あれだけ地球上で栄華を誇っていた恐竜たちの大量絶滅とは対照的にそれを生き延びた小さき生物たちがいたこと。
生き延びた生物の種類の中にも耐えきれず死んでしまったものもいれば、逞しく生き残ったものもいた。
その境目は例えばたまたま住んでいた場所が良かったというのもあるかもしれない、またその個体が寒さに強かっただけなのかもしれない、はたまた今まで食べられなかった食料食べられるようになったやつがいたのかもしれない。
そうやって同じ「種」であるが性質の異なるものを持っていたり、またある時は突然変異によって違う集団が生まれたりして生物たちは多様性がある方が生き残るのに有利である、ということが現代を見る限り有性生殖で子孫を残す生き物が繁栄している理由なのでしょう。
「参考」
「The frequency of sex in fungi」
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27619703/
「Antigenic and phenotypic variations in fungi」
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5086420/


