黒いムラサキフウセンタケを分解する

2026.05.05 大阪

「黒すぎない?」と思いますよね?
「私の知ってるムラサキフウセンタケはもっと紫色している・・・」
とつぶやきましたよね?

理由は良く分からないのですが、春に発生するムラサキフウセンタケはこんな黒い色をしているのです。

もう8年も前になるのですが、こんな記事を書いておりましたので、興味のある方は読んでみて下さい。

春に出るムラサキフウセンタケが秋に発生するものと同じか、それとも別種なのか。
なんていう議論がありますが、そんな些細な議論はやめにしましょう。
だって、ムラサキフウセンタケを調べているK山さんの話では、全国のムラサキフウセンタケは地域で異なっていて、日本の中でも何種類かに分かれる・・・・らしい。

つまりあなたの見ているムラサキフウセンタケと僕が見ているムラサキフウセンタケは違うかもしれないのに、春に出るムラサキフウセンタケと秋に出るムラサキフウセンタケが違うのか?という問いは実にナンセンスな問題なんです (*’ω’*)

少なくとも僕の知る限り、秋に発生するキノコは春にだって発生します。
条件が合えばであるし、また春の発生はそれほど多くは無いのだが、それはもう常識レベル。
ということはこの黒いムラサキフウセンタケはきっと秋に発生しているムラサキフウセンタケと同じものと考えて良いと思う。

細かいことは気にしない(笑)

どちらにせよムラサキフウセンタケは美しいし、かくしゃくとして立派だ。
「フウセン」という名前の由来ももしかしてこのキノコ由来じゃないか?と思えるほどだ。

ってことで、ということで今回はこの黒いムラサキフウセンタケを分解してみることにしました。

黒い傘を観察してみる

それではこの黒いムラサキフウセンタケの傘を細かく見てみましょう。

ムラサキフウセンタケの傘表面をTG-6で撮影

傘表面を撮影してみました。
むむ、良く分かりませんが、何かフカフカしたものが傘の表面を覆っているのがわかります。

もう少し近づいてみましょう。


ムラサキフウセンタケの傘表面をTG-6で撮影

先ほどのフカフカが何か繊維状の組織で出来ているのが見えてきました。
ムラサキフウセンタケの傘の表面はいわゆる「平滑」ではなくかなり凹凸が激しい繊維状の組織で出来ているんだなぁというのが分かります。
この時点ではまだ色は「黒」であることがわかりますね。

それではもう少し細かく見るために顕微鏡で視てみましょう。

ムラサキフウセンタケの傘表皮 100倍

傘表面を覆っているのは紫色した「菌糸」だという事がわかりますね。
菌糸の先端がそそり立つような感じになっていて、その先が黒い色素を持っています。つまりこの「黒い色素」が春に出るムラサキフウセンタケの傘が「黒」の正体なのでしょう。

ムラサキフウセンタケを分解する

ムラサキフウセンタケ(Cortinarius violaceus
violaceus はラテン語で「スミレ色の」を表します。

今回は Michael Kuo 博士の Mushroom Expertから特徴を記させてもらいました。
https://www.mushroomexpert.com/cortinarius_violaceus.html

大部位小部位特徴本種の特徴
生息環境
(Ecology)
生態・共生関係広葉樹または針葉樹と菌根を形成する(菌根性)。コナラなどのブナ科と共生(菌根菌)
発生場所・様式北アメリカ西部では、古い針葉樹林の腐朽木の近くでよく報告される。単生、散生、または群生する。コナラの樹下に発生
発生時期・分布秋に発生。北アメリカに広く分布しているとみられる(記載・図示された標本はミシガン州およびオレゴン州産のもの)。春と秋に発生
傘(Cap)サイズ4–12 cm7cm
形態凸型から、のちに扁平凸型、ほぼ平ら、あるいはわずかに鐘型へと変化する。まんじゅう型
表面乾燥している。密に毛で覆われ、のちに綿毛状または鱗片状になる。乾燥している。繊維状の細かい毛でおおわれている。
深紫色から、のちに茶紫色、最終的には全体が暗褐色になる暗紫褐色(特に春のもの)
ひだ(Gills)接続様式柄に付着する(直生〜上生)。柄に直生
配列やや疎(ほぼ離れている)。やや疎
色の変化最初は暗紫色、のちに灰色〜黒みを帯び、最終的にはサビ褐色になる。暗紫色~褐色を帯びる
被膜若い頃は紫色のコルチナ(蜘蛛の巣状の、内被膜の遺残物)に覆われる。蜘蛛の巣膜の名残がわずかに柄に褐色の破片として残っていた。
柄(Stem)サイズ長さ 6–16 cm、太さ 最大 2 cm。長さ12cm、太さ1.2cm
形状膨らんだ、またはこん棒状の基部の上方では同幅。棍棒状で基部は球根状
表面・性質乾燥している。若い頃は紫色で微細な毛があるが、のちに紫灰色〜ほぼ黒色、あるいは褐色になり、光沢を持つ。乾燥している。色は傘と同色。やや繊維状の縦の筋が入っている。
内部構造のちに中空になる。
肉(Flesh)紫色からライラック色、または紫灰色。紫色
におい(Odor)特徴甘くわずかに芳香があるか、あるいは際立った特徴はない。
化学反応
(Chemical Reactions)
KOH傘の表面および肉にKOH(水酸化カリウム溶液)を滴下すると赤色に反応する。
胞子紋
(Spore Print)
サビ褐色。さび色
胞子
(Spores)
サイズ11.5–14.5 (–18) x 7–9 µm(9.9–) 10.5–12.2 (–13.1) x (5.8–) 6.2–6.8 (–7.3) µm
※落下胞子で観察
形態楕円形(ellipsoid)から扁桃形(amygdaliform)。楕円形、1個または2この油球を含む。
表面中程度にいぼ(突起)がある(moderately verrucose)。表面はイボに覆われている。
シスチジア形態(縁・側糸シスチジア)紡錘状腹高型(fusoid-ventricose)で長いネックを持つ。または、時に不規則な円筒形。便腹状嘴型、もしくは紡錘型
内容物・サイズ生鮮時はKOHマウント(検鏡液)中で紫色〜赤色の内容物を持つが、乾燥後は褐色の内容物になる。サイズは最大約 80 x 25 µm。水封時は黒紫色の内容物を持つがKOH滴下後はオレンジ褐色に変化する。
(44.6–) 49.9–71.9 (–89.3) x (12.3–) 15–20.4 (–23.4) µm
傘表皮(Pileipellis)構造立ち上がった要素の束(fascicles)を伴う、平行菌糸被(cutis)。平行菌糸被、立ち上がった末端細胞

顕微鏡で視てみる

ムラサキフウセンタケを顕微鏡で視たのは初めてでした。
フウセンタケというもの自体をあまり検鏡することはないのですが(もう放棄してる w)、ムラサキフウセンタケの「紫色」がどの様な組織から作られているのか?というのに興味が出てきて今回検鏡してみました。

それでは傘の表皮から視てみましょう

ムラサキフウセンタケの傘表皮

紫色した平行菌糸被の表面からところどころ立ち上がる末端細胞。
その先端が黒く変色しています。
この「黒」こそがムラサキフウセンタケの黒い傘の正体だと思います。

本当は紫色なんだけど、何らかの化学変化で黒くなっているのでしょうね。

ムラサキフウセンタケのヒダ横切り(100倍)

ムラサキフウセンタケのヒダは若い頃は紫色で、老成化するに従いさび褐色に変化していきます。

すなわちこの状態は老成前の状態でしょうか?

というより担子器の姿がほとんど見えませんね。これはヒダを横切りしているためヒダの縁部が写っています。ヒダの縁部にはあまり担子器を作らないのかもしれません。
写っているのは紫色した色素を内包しているシスチジアらしき組織がヒダ縁部を覆っております。

もう少し詳細を見てみましょう。

ムラサキフウセンタケのヒダ縁部(400倍)

ヒダ縁部を覆っているシスチジアらしきものです。
紫色の色素に見えたものはかなり黒褐色に近い色に見えますね。

なんなんだこれは?となりますが、ここにKOHを入れてみるとこんな感じになります。

ムラサキフウセンタケのヒダ縁部にKOH封入(100倍)

驚きましたよね? (#^.^#)

先ほどの黒い内容物がオレンジ褐色にすっかり変わっておりますな~美しい。
これもう少し拡大してみてみましょう。

ムラサキフウセンタケのヒダ縁部にKOH封入(400倍)

便腹型もしくは紡錘型の美しいシスチジアがくっきりと見えてきました。
恐らくこの下にあるのが担子器かもしれませんが、ここでは胞子らしきものが1個みえるだけで確かな担子器は確認できません。

それではなぜこの様な色の変化が起きるのでしょうか?
以下の論文にその理由が書いてありました。
Revised taxon definition in European Cortinarius subgenus Dermocybe based on phylogeny, chemotaxonomy, and morphology

KOH(強アルカリ)が引き起こす化学変化(変色の直接的理由)

キノコの組織(シスチジアや菌糸)に3%〜5%程度のKOH水溶液を滴下すると、以下のような化学変化が瞬時に起こります。

  1. 脱プロトン化(イオン化)
    中性や酸性の状態では、色素分子の$-OH$基は水素($H$)と結合しています。ここに強塩基であるKOHが加わると、水酸化物イオン($OH^-$)が$-OH$基から水素イオン($H^+$:プロトン)を強烈に引き抜きます。
    • 反応式イメージ: $R-OH + KOH \rightarrow R-O^-K^+ + H_2O$
  2. 共役系の拡張と光の吸収波長の変化
    プロトンが抜けてフェノキシドイオン($R-O^-$)に変化すると、分子内の電子の配置(共役ダブルボンドの広がり)が大きく変わります。分子全体の電子の動きやすさが変わることで、その分子が「吸収する光の波長」が変化します。
  3. 肉眼・顕微鏡下での色の変化
    もともと黄色(比較的短い波長の光を吸収)に見えていた物質が、アルカリ化によってより長い波長の光(緑〜青の光)を吸収する構造へとシフトします。その結果、私たちの目や顕微鏡のレンズには、その補色である「鮮やかなオレンジ褐色」や「赤紫色」、「暗紫色」として映るようになります。
https://link.springer.com/article/10.1007/s11557-024-01959-z

ということだそうです。
なかなか一言では言えない変化が起きているのですね (#^.^#)
ともあれ、この色の変化はシスチジアを浮かび上がらせるとともに、この性質をもったキノコの同定に使う事が可能になりますので重要な性質と言えます。

ムラサキフウセンタケの胞子(水封 400倍)

ムラサキフウセンタケの落下胞子を水封したものです。
楕円形をしていて胞子の表面には小さなイボがあるのがわかります。
そして胞子の内部には油球らしきものが1つ見えます。これはKuo博士のサイトには書かれていなかった特徴ですね。

そして忘れちゃならないのが胞子の色ですね。
フウセンタケの仲間のヒダが紫色(ムラサキフウセンタケの場合は)からさび色になるのは「胞子が成熟するため」と言われています。
胞子は形成された初期段階では無色透明で、そこから成熟していき褐色を帯びる様になっていきます。
つまりこの褐色の状態が「胞子が成熟」した状態であるという事ですね。

それでは柄の表皮を視てみましょう。

ムラサキフウセンタケの柄表皮(100倍)

柄の細胞は紫色をした縦に走った菌糸によって形成されているのがわかります。
あと、柄表面にもシスチジアと同じ色素(暗紫褐色)を持った組織が存在しますね。
もしかしてKOHを滴下するとオレンジ褐色に染まったのかもしれませんが、とっても残念なことにそれは失念しておりました。
なので、次に示すのはその暗紫褐色を内包した組織をご覧ください。

ムラサキフウセンタケの柄表皮(400倍)

上部に透明な菌糸があり、その下に紫褐色をした菌糸由来の細胞が見えます。
恐らくこの黒くなった部分が柄の「繊維状の組織」として見えている部分ではないかと思われます

そしてフウセンタケと言えばこれを見て欲しいです。

ムラサキフウセンタケのクランプ(400倍)

真ん中に見えるぷっくりと膨らんだ組織、見えますかね?

これぞ「クランプ」と言うべきものですよね~(#^.^#)
ちょっと色をコントラストを強めたため汚い画像になってしまいましたが・・・。

顕微鏡を始めた頃、先輩に「これクランプでしょうか?」と相談したことがあったのですが、見せた写真がことごとくクランプじゃなかったのですよね。
その際に

「フウセンタケなどはクランプだらけなので、それを視てクランプがどんなものか覚えなさい」

と言われたことがありまして。
その言葉通り、ムラサキフウセンタケもクランプだらけで中央に写っているやつの下にもクランプがありますね。

クランプとは菌糸の隔壁を核が通っていくために作られた「道」のようなもの。
こんな小さな「部位」にも菌類の息遣いが垣間見えてくる面白い組織なのです。

まとめ

ムラサキフウセンタケを調べているK山さんによると、現在「ムラサキフウセンタケ」とされているものの中にいくつかの隠ぺい種があり、将来は複数の種に分かれてしまうだろう、とのこと。
例えば大阪で見ることが出来る「ムラサキフウセンタケ」と阿寒で見れる「ムラサキフウセンタケ」、その2つに外見的違いを見出すのはなかなか難しそうであるが、阿寒は亜高山帯のキノコが出ますし、広葉樹中心の関西のものとは発生環境が異なることになります。

これはどんなキノコにも言える事なのですが、亜高山帯で発生しているキノコと低山帯で発生しているキノコ、外見は似ているのであるが、やはり環境の違いで同じ種が存在するというのは考えにくい、というのが現在分かってきているところです。もちろん気温の違いに強いキノコもいるでしょうから、一概には言えませんが。

なので、将来このキノコも「クロムラサキフウセンタケ」などという和名がつけられている可能性も捨てきれません (#^.^#)

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