シモコシはかくして毒菌になりにけり(後編)

キシメジとは何ものか?

以前Facebookの自分のタイムラインにこんな投稿をした。

「シモコシ」(霜越)
キシメジと見た目そっくり、出るタイミングも一緒という風に聞いた。じゃあどういう風に見分けるのか?
齧って苦いのがキシメジで苦くないのがシモコシらしい。
でももうちょい掘り下げて特徴を調べてみました。
シモコシは
・松林に出る(キシメジは広葉樹)
・キシメジよりがっちりしている
・傘表面が硫黄色
・キシメジは柄も黄色
という感じですね。
なのでこれは明らかにシモコシ。
でも肝心なのは齧ってないのよね ww

https://www.facebook.com/jyojiirisa/posts/1850147351681525

シモコシについて偉そうに書いてますが(笑)、ただ肉眼的な特徴で判断するとそんなにも外れてはいないんじゃないかと思える、、、一点を除いては。

上記文章の中で「齧って苦いのがキシメジ」という一文がある。
これはネットの情報にもそういう記述が見られたし、「日本のきのこ」(ヤマケイ)でも「肉には少しほろ苦さがある」という記述があるので、そういう判断材料があってもおかしくない。

しかし橋本貴美子先生が中心になって調査された報告書「横紋筋融解性を有するきのこの毒性と分類」を読んでいくとこんな記述が出てくる。

4.3.採取された菌類から判明したこと
(1) 「キシメジ」として送られてくるキノコには主にカラキシメジ(T.aestuans)、シモコシ、キシメジの3種であり、時々これ以外の黄色いキノコが混じる。カラキシメジの認知度が低いためか、カラキシメジが送られてくることが多い。
(2) カラキシメジは生のままだと、口に入れただけで苦味を感じる。苦味の程度は個体によって様々であり、ほろ苦いものからかなり苦いものまである。「キシメジは苦い」という情報が流布されており、このためにカラキシメジをキシメジと思いこんでいる人が多い。

横紋筋融解性を有するきのこの毒性と分類
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-25560409/25560409seika.pdf

この中で注目は
「『キシメジは苦い』という情報が流布されており、このためにカラキシメジをキシメジと思いこんでいる人が多い
ですね。まさにその「思い込んでる人」であります、ワタクシ(笑)

じゃあキシメジというのはいったいどんなものか?
と考えた時に「キシメジ」らしきものを見たことが無いことに気づいた。
ただ、今年、黄色いキシメジ科らしいものを見つけた。

これです。

2019.11.02 神戸
2019.11.02 神戸

で、「これもしかしてキシメジじゃない?」と菌友に聞いたところ「ニオイキシメジ」か「カラキシメジ」じゃないか?ということ。

ニオイキシメジか?カラキシメジか?

確かにこの写真だけ見てると少なくともシモコシとはまったく質感が異なります。キシメジ自体は見た目ほとんどシモコシと変わらないということなので、これはキシメジではないのでしょう。

ではカラキシメジはどうか?というと、上記「横紋筋融解性を有するきのこの毒性と分類」の中で「カラキシメジをキシメジと思いこんでいる人が多い」という記述がありますね。なのでカラキシメジはキシメジと良く似ているのだろうと思われます。

実際ここhttp://s-kinokonokai.sakura.ne.jp/kinoko/common/karakisimezi.htm)の写真を見る限りカラキシメジはとってもキシメジとシモコシに質感がそっくりである。

ではこれはニオイキシメジなのか?

匂いはそれほど感じませんでしたが、osoさんのページ(http://toolate.s7.coreserver.jp/kinoko/fungi/tricholoma_sulphureum/index.htm)で見る限りニオイキシメジとの肉眼的特徴には合致していると思われます。

ってことで残念ながらこれは「キシメジ」ではない、と判断していいかと思いますし、限りなくニオイキシメジに近い、と言っていいかと思います。

さまよえるキシメジ

じゃあキシメジってどんなのだろう?
ちょっと原点にもどって特徴を見てみましょう。

キシメジ Tricholoma flavovirens (Pers. : Fr.) S. Lundell
シモコシに酷似するが、全体に黄色が濃く、柄はやせ形でひだはレモン色、 肉には少しほろ苦さがある、などの点で区別される。しかし生長した個体では、両種の肉眼的な区別は必ずしも容易でないことがある。秋,マツ林のほか、コナラ・ミズナラなどの広葉樹林にも発生し、キンタケと呼ばれて食用にされてきた。おそらく北半球一帯に分布。
最近, T. equestreによる死亡例を含む中毒事例がヨーロッパで報告された。この種を種のシモコシ及びキシメジと同一種とする学者もいる。

「日本のきのこ」(ヤマケイ新版)

2つポイントがあります。

1.T.equestreによる中毒事例がある
2.シモコシと同一種とする学者もいる

1に関しては「前編」の方で書いたが、フランスとポーランドでキシメジの近縁種 T.equestre を食べて発生した食中毒により、T.equestre自体は毒キノコとなってしまった。

で、そのとばっちりを受けてキシメジも毒キノコとなったわけであるが、なぜ種が違うのに毒キノコ扱いになったのだろうか?
少なくとも学名からして「Tricholoma flavovirens」と「Tricholoma equestre」とは全く異なっている。

違う種なのに一緒くたに「毒キノコ」扱いされるのっておかしくね?

誰しもこういう思いを抱くであろう。

しかしである。
キノコの検索サイト「Index Fungorum」で「Tricholoma flavovirens」を検索してみて思わず目を疑った。

Index Fungorumで「Tricholoma flavovirens」を検索

この画像の中の赤線で囲まれている部分を見て下さい。
「Species Fungorum current name」(現在の学名)の下にこんな文字が見えますか?

Tricholoma equestre (L.) P. Kumm. 1871

こ、これってフランスやポーランドで食中毒があったキシメジの近縁種の学名と一緒ですよね? (@_@;)
これは何を表しているかと言うと Tricholoma flavovirens という学名のキノコはいろいろ調べた結果 Tricholoma equestre と同じだった、ということなのですな。つまり Tricholoma flavovirens という名前はシノニムとなり、本当の学名は Tricholoma equestre なのです。

ということは少なくともIndex Fungorum 上では和名キシメジと T.equestre は同一のキノコ、ということになります。つまりキシメジは死亡例がある毒キノコであると。

ということで、最新の図鑑「青森県産きのこ図鑑」を見てみるとなんと「キシメジ」単独の説明はありません(シモコシの項に少しだけ記述があります)。

ってことはもう「キシメジ」というキノコは存在せず、海外の T.equestre と同一のものと考えて良いのでしょうか?それとも学名が同じにされちゃったのにも関わらず別種ということなのでしょうか?

さまよえるシモコシ

2019.11.10 神戸

キシメジ科のご本家「キシメジ」はさまよいのど真ん中にある様に見えます(笑)。
では、キシメジにそっくりのシモコシはどうなのでしょうか?

シモコシ  Tricholoma auratum (Paulet) Gillet
傘は径5~10cm、まんじゅう形から中高の平らに開く。
表面は湿っているとき粘性があり、淡黄色で、中央一部は帯褐色、しばしば小鱗片を生じる。ひだは緑黄色、密。柄は長さ4~7cm、太短く、幼時はそろばん玉状で淡黄色。肉はほとんど白色、苦味はない。
胞子は6~8×4~5 um, 10~11月ごろ、主に砂地のマツ林に発生する。
北半球一帯。

「日本のきのこ」(ヤマケイ新版)

これは今年の11月、神戸で見つけたシモコシだと思われるキノコです。

2019.11.10 神戸

松林の中で見つけたこと。柄は白く、太く、傘から全体のイメージがずんぐりむっくりしたスタイル。齧ると苦味はなく、むしろ旨味すら感じます。
少なくとも肉眼的にはキシメジとは別種の様に見えますがどうでしょう?

そこで同じ様にIndex Fungorumでこの「Tricholoma auratum」を検索してみました。

Index Fungorumで「Tricholoma auratum」を検索

すると驚いたことに、 Tricholoma auratum も今や Tricholoma equestre のシノニム(旧名)になっているではないですか!!(@_@;)

これは学名レベルで見れば Tricholoma auratum であるシモコシはフランスやポーランドで食中毒を起こした Tricholoma equestre と同一種になった、と考えて良いかもしれません。

ってことは「シモコシも毒キノコ」なのでしょうか???
きっと食べ菌さんたちから言わせるとキシメジとは明らかに「味」が異なるのに同一種のわけない!!

って強く主張することでしょう(あぁ目に浮かぶわぁ~ w)。
味が種を分ける要素になるかどうか、なかなか微妙なものがありますが(少なくともシモコシでは)、このシモコシの謎はどう解釈すれば良いのでしょうか?

ここで2つの仮説を立ててみることにします。

1.シモコシはキシメジ(T.equestre)とは見かけ、味などの違いはあるが、それは発生環境による影響であり実は同じ種である。

2.シモコシは T.auratum という学名はついているものの、もっと詳細に検証すると実は別種である。

2の場合シモコシは新種である可能性が出てきます。
例えばつい最近、信州大の山田准教授により新種記載されたアンズタケ(Cantharellus anzutake)の様に、遺伝子レベルで解析していくとシモコシも新種(Tricholoma shimokoshiとか?) として発表される可能性も十分にありえます。

しかし1の場合だと、シモコシは T.equestre であり、つまりは「毒キノコ」ってことになるのです。
少なくとも現段階ではその可能性も否定できないので「日本のきのこ」(ヤマケイ新版)では毒キノコ認定されてしまったのではないでしょうか?

いやいや、オレはシモコシ結構食ってるよ

という意見もあることでしょう。
しかし「前編」の食中毒例の様に例えば200gのシモコシを一週間食べ続けてみた人は日本人の食生活を考えると、そうそういるとは思えないのです。

また、一般的な食中毒(嘔吐、吐き気、下痢などなど)と比べて、症状が出ても肩こり程度だとそれがシモコシを食べたことが原因などとは考えないでしょう。つまり本人的には「食べても問題ない」となるわけです。

さて、未来のシモコシ、、、いったいどうなっているのでしょう?
新種か?それとも毒キノコか?

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シモコシはかくして毒菌になりにけり(後編)” に対して5件のコメントがあります。

  1. タケチャン より:

     難しいですね。 例えば、世界中に発生しているマツタケを遺伝子レベルで調べ上げたら、もっと細かく種に分けられるのかもしれませんね。マツタケの場合は、死亡例がないので、問題とされずに各地から日本にも輸入されて一括して「マツタケ」として流通していますよね。 また、DNAの差で種を区別する手法を正しいものとしてよいのか? という問題も残っていると思われます。
     食べる食べないは、個人の問題となりますが、流通業者にとっては「保健所が食用キノコを毒キノコ扱いする」ことには、大きな抵抗があるでしょうね。
     カキシメジ事件から派生して、キシメジ問題も、確かに各地域で不思議に・疑問に思っている人はたくさんいますね。兎に角キノコは難しいので、困ったものですね。でも、楽しい・・・

    1. いりさじょうじ より:

      はい、難しいです。
      リトマス試験紙みたいにぱっとDNAの検査ができれば良いんですけどね、、「あぁ、これ数値が違うので別種ですわ~」とかですね(笑)
      特にキシメジの近縁種での食中毒は症状が特殊なので、案外みんな食べててもそれがキノコのせいだとは気づかないんじゃないかなぁ、、と思っています。なので、いずれ解明されてきて、毒成分がわかってくればスギヒラタケの運命を辿ることになりそうな気がします。

      1. タケチャン より:

        スギヒラタケも不思議なキノコで、岐阜~信州~山梨付近では、中毒例を聞きません。九州のカキシメジと同様に、それこそ別種としてもよいと感じています。 新潟のスギヒラタケと、信州のスギヒラタケは肉眼的にも相当に形態が違うように思えますし…。
        分析技術が進歩すると、ものごとはすべからく細かく分類できるようになりますよね。癌なども細かな差がわかってきて、対処方法も確立されていきますから・・・良いことなのでしょうね!? 

        1. いりさじょうじ より:

          お返事遅れました!
          スギヒラタケは関西にも結構出るんですが、肉眼的に見て違いがわかる、っていうのは気にかかるところですね。
          こちらはほんとペラペラで、こんなの食べるの?という様な感じなのですが、ただ沢山でている場所に行くととってもいい香りがするので、食べたら美味しいのかも、と思っております。
          癌も血液を調べただけでわかるらしいですね(癌によるでしょうけど)。
          科学(医学)の発展は、、、さて良いことばかりとは思えません(苦笑)。

          1. いりさじょうじ より:

            あ、もしスギヒラタケの違いが地方によってどれぐらい違うのか教えてもらえないでしょうか?

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