毒キノコ事件簿 その10

2019年11月、カキシメジによる食中毒が起きた。
以前もカキシメジによる食中毒の記事を書いたのですが、前回の内容と今回のものとは性格がまったく異なっているのでしっかりと記しておきたい。

まずは前回の記事を読んでみて下さい。

「毒キノコ事件簿 その4(カキシメジ)」
https://kinokobito.com/archives/1504

多くのきのこによる食中毒の原因は「食べられるキノコと間違って食べた」もしくは「美味しそうなので食べてみた」という2つの要因に収束していく。
しかし、今回の事件はその2つとは異なって「食べられるとして販売されていたキノコを食べて食中毒になった」というとってもとっても特殊なものなのです。

少なくとも、、である、、、

お店やスーパーに並んでいる食材は「安全なもの」と誰しも考えるのが普通ですよね?
しかもここは日本。怪しげな食材や食べ物は敬遠されるお国柄。そして何よりも清潔で潔癖な気質が蔓延しているこの時代、お店の中に「毒キノコ」が並んで売られているなどとは誰が想像するのでしょうか?

ではその事件の内容を引用してみます。

石川県の「JAあぐり」約3年にわたって毒性のあるキノコを販売
今月、石川県小松市の「JAあぐり」で販売されたキノコを食べた家族5人が食中毒の症状を訴えました。JAあぐりはこのキノコを食べられるものとして「マツシメジ」と表示して販売していました。しかし、実際はマツシメジは「カキシメジ」の別名で、毒性があると厚生労働省が公表していたものでした。組合員である小松市の60代の女性が出荷したもので2016年から約3年にわたり販売していたということです。JAあぐりは、キノコを出荷する人を対象に講習会を開き、再発防止に努めるとしています。 」

https://news.livedoor.com/article/detail/17352427/

この記事の中でポイントが2つあります。

  • 「マツシメジ」と表示して販売していた
  • 3年前からこの「マツシメジ」を販売していた

特にこの「3年前から」ということろでこんな意見が飛び出してくるはず。

「3年前から販売してたってとんでもない話!」

もう一つは

「3年間も良くも問題にならなかったもんだ!」

というもの。

確かにここはとっても重要なポイントで、「本当に」カキシメジを食べたのならもっと早く事件が起こってもおかしくないはず。
では何故今頃になって事件は起きたのか???

その前にカキシメジについておさらいをしておきましょう。

カキシメジとはどんなキノコか?

一口に「カキシメジ」と言っても、実はいろんな種類があることをご存知でしょうか?
ここでは原色日本新菌類図鑑からカキシメジに特徴が似ているものをピックアップしてみます。

カキシメジ(一名 マツシメジ) Tricholoma ustale (Fr.: Fr.) Kummer
傘は径3~8cm、最初丸味のある円錐形~まんじゅう形、のち開いて中高平らとなり、ついには中央部がややくぼむ。
表面は湿っているとき粘性があり、平滑、帯赤褐色~くり褐色、中央部は暗色、縁部は初め内側に巻く。
肉は白色、傷つくと部分によって多少褐色に変わる。
ひだは深く湾入し、白色、古くなると赤褐色のしみを生じ、幅2~9mm、やや密。
柄は2.5~6cm × 6~20mm、上下同大または中ほどが紡錐形にふくらみ、やや繊維状、傘より淡色。
頂部は白色で粉状、内部には髄があるかまたは中空。
胞子は広卵形、5.5~6.5× 3.5~4.5m。
秋に広葉樹林(コナラ、クヌギ、ブナ、シラカンバなど)やマツとの混生林に単生~群生する。
毒性があり、誤食すると嘔吐・腹痛・下痢をおこすことがあるが生命に別状はない。
塩蔵すると毒が抜けて食用にすることができるともいう。
一般に広葉樹林のものをカキシメジ、マツ林のものをマツシメジ(下記のマツシメジとは別)と呼んでいるようであるが、両者は形態的にも毒性上からも区別できない。
しかし九州には無毒の系統があって、一部の人たちの間で食用にされている。
分布:北半球温帯。

マツシメジ
カキシメジに似るが、傘の表面は繊維状で、柄の白い上部と赤褐色の下部との境界がはっきりしており、また針葉樹林(マツ)に発生するなどの点で区別される。
北海道で知られている。
T. albobrunneum (Pers. : Fr.) Kummer という学名が用いられることもある。

キヒダマツシメジ
ひだと柄の肉は淡黄色。
傘はくり褐色。柄の上部は淡黄色、下部は傘と同色。広葉樹林内に発生する。

オオカキシメジ
針葉樹林内に発生。
カキシメジに似るが、傘の中央部付近に黒味をおびた小鱗片をそなえている。

アザシメジ
傘は帯橙褐色で湿っているときいちじるしい粘性があり、生長すると表皮は裂けて鱗片となる。
柄の表面は細かい繊維状鱗片におおわれ、初め白色、のち傘と同色 をおびてくる。
広葉樹林または針広混生林に発生。

オオニガシメジ
傘は淡黄褐色で周辺部に短い条溝がある。
柄は太短く、傘とほぼ同色。
頂部に細かい鱗片がある。
肉は白色、ち密で苦味と辛味がある。
広葉樹林または針広混生林に発生。

これらの違いは文章を読んでいるだけじゃわからんよね(笑)
ただ、注目して欲しい名前が1つだけある。

「マツシメジ」

である。
JAあぐりでは、カキシメジのことを「マツシメジ」として売っていたのである。
じゃあマツシメジってのはカキシメジの別名、だけではないことが上の解説の中を読んでわかります。

ではマツシメジとは何物か?

「マツシメジ」と呼ばれるものには3つあることをご存じだろうか?

1つめはカキシメジの「別称」としてのマツシメジ。

カキシメジだけでオショウモタシ(東北地方)、カキモタセ(新潟)、コノハシメジ(青森、秋田)などの地方名があるが、「マツシメジ」という名称もその中の一つと言っていいだろう。

2つめは松林に出るカキシメジで、通称「マツシメジ」と呼ばれているもの。

聞いた話によると「九州の方ではカキシメジの一部をマツシメジとして昔から食べる習慣がある」そうな(原色日本新菌類図鑑にも記載されていますね)。
「日本のきのこ」(ヤマケイ版)では「松林型は無毒として知られている」と書かれているので、もしかして九州で食べられている「カキシメジの一部」というのはこのマツシメジ(松林型)の事を指しているのかもしれない。

3つめは本当の「マツシメジ」。

ではこの本家の「マツシメジ」はどうなのだろうか?
いろいろ調べてみたのだが、この本家マツシメジが可食である、という記述はどこにも見当たらない。

するとすると、JAあぐりで販売されていたものは、この3つのうちどれのことなのだろう?

「3年前から」このキノコを販売していて事件にならなかった、、、ということはもしかしてこれは一般に言われているカキシメジではなく、松の木の下に出る通称「マツシメジ」をずっと販売していたんじゃないかとにらんでいる。

記事から浮かび上がってくる内容を推理すると、、、

この「小松市の60代の女性」は松林から出ているカキシメジ(マツシメジ)をいつも採取して、それを3年間ずっとJAあぐりに卸して販売されていた。しかし、今回採った中に松林以外から出ているマツシメジ(実はカキシメジ)を誤って採取してしまい、それを販売して食中毒事件を起こした。

という感じだろうか、、、あながち的外れな推測ではないと思うのだがどうだろう?

キノコと食文化

キノコをというのはその土地土地による、いわば「食文化」がもっともよく表れている食材ではないか?と思っている。顕著なものでは栃木人たちが熱狂するチチタケ。栃木ではチタケと呼ばれ、それはもう「チタケ神」という神のレベルまでに達している摩訶不思議なキノコである。

ところがそんな神レベルのチチタケも、こちら関西では冷遇され、「あぁ、チチタケね、ふーーん」とか「チチタケ?あの乳がネバネバしてて持って帰るのがいやなんよねー!」とか「あのパサパサ感がどうもねぇ、、、」などと、あれだけ食菌センサーが働く食べ菌さんたちでさえスルーされることが多いキノコでもあるのだ。

これは決して栃木人が特にネバネバ好きとか、パサパサを打ち消せるだけのネバネバエキスを口から発射出来るとか、そう言うわけではない。

とするとこの違いは一体何なのか?
ぐっと考えるに、行きつくところはただ一つ。そのキノコの料理法が確立されているかどうか?に尽きるのではないでしょうか。古来周りに海が無く、食べ物が豊かではなかった栃木県は食材を山に求めるしかなかった。そして豊富に採れるキノコ類を使って「いかに美味い料理を作るのか?」が最大の課題であり、それが生きていく術でもあったのだ。

現に栃木に行ってみると「ここは雲南省かよ!」っていうぐらい多くのキノコを目にする。2020年度きのこびとカレンダーに多くの栃木キノコが含まれているのもその証と言えるだろう。これだけキノコが多い土地柄からしてその食材をうまく使わなソンソン!ということからきっと栃木に住む味の探検家がチチタケにもっとも合う料理を考え出したに違いないのだ。

また仙台などに行くと道沿いの古びた店舗に所狭しと朝採取されてきたであろうキノコがずらりと並んでいる。「日本のきのこ」では既に毒キノコ扱いされているシモコシなどもずらっと並んでいたりする。まぁこれはこれで僕的には悪いこととは思わないのですが、保健所的にみてどうなんだろうなぁ?などと考えたりしてしまう。

ただ食材としてのシモコシは優秀な食菌なので地元の人から言わせると「先祖代々食べて来たんだから問題なし」という理屈でそこにも並んでいるのであろう。他の誰よりご先祖様たちがそのキノコに毒性が無いことを身をもって証明しれくれてるんだからこれ以上の何の科学的根拠が必要なのか?

そんな「思い」がキノコとそれを食べる食文化から見えてくるかもしれない。

雲南省で思い出した

先日いきもにあに白水貴先生の講演があるというので聴きに行ってきた。

白水先生と言えば新井文彦さんから

「白水先生ってな、えぇ声してるんですよね~」

とか

「あの先生ね、とにかく声がええんですわぁ」

との「えぇ声アピール」がとっても強すぎたせいか、講演が始まっても「えぇ声」だけに気を取られてしまい内容をすっかり聞き逃した僕であった(苦笑)

タイトルは「不可視な菌類の不思議な世界」で内容もとっても面白いものであったが、そのお話の中で雲南省に行ったときの話が特に面白かった。

ご存知中国の雲南省といえばキノコのメッカである。そこの市場などに行くとそれこそ山盛りのキノコがあちらこちらで販売されていて、どこにこんなにキノコがあるのか、、、っていうぐらい盛ってあるのだそうな。
そして入った食堂で赤いベニタケを使った料理が出てきて、恐る恐る食べてみるとめちゃくちゃ美味かった、、というお話。

赤いベニタケ、、、普通は食べないよね?

緑のベニタケの一つアイタケなどは「いい出汁がでる」と言われていて菌友も嬉しそうに持って帰ったことがあるし、カワリハツなども地方では良く食べると聞きますな。また富士山などに行くと緑のカワリハツがずらりと並んでいる姿をよく見たりします。

が、しかし赤いベニタケを食べる習慣は「現代の日本」では恐らくあまりないでしょう。

じゃあ昔の日本ではどうなのだろうか?

以前Facebookのグループに写真をアップし、所属するメンバーにボコボコにされていた女性がいました。
その女性がアップした写真には得体の知れないベニタケの姿が沢山写っていたからです。
長野などではベニタケを塩蔵して食べる習慣が古くからあって、その「文化」を引き継いだ人が今でもいて、他の地方のキノコ食文化を知りたくてその写真をアップした、というわけです。

確かに現代では赤いベニタケを食べる、というのはリスクがあるし、そんなもの食べなくても美味しい食材なんぞスーパーに行けば安くで買えて、簡単に調理することも出来る。

しかし「文化」というものはそう言う価値観とはまったく別のところに存在するのだ。

雲南省で白水先生が食べた赤いベニタケも、長野県の女性が塩蔵している得体の知れないベニタケも、文化という価値観から言えばまったく同じものだし、決してその文化を否定してはならないもの、であると思うのです。

では、カキシメジを販売してしまった女性の「文化」はどうであったか?

「3年間も販売していた」という事から想像を膨らませると、もしかしてこの女性の住んでいる地域では、このカキシメジ(マツシメジ)を恒常的に食べる習慣があり、それは古くから伝わってきた「教え」であり「食文化」でもあった。女性はそんな習慣に寄り添いながら生活し、糧を得てきたのだろう。
しかし、女性はその日だけ見落としていた「落とし穴」があった。
いつもの通り採っていたマツシメジの中に、松の木以外の樹下に発生していたカキシメジを間違って採取してしまったのである。

「教え」には「松林のものだけにせよ」とあったにも関わらず、だ。

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