フィールド版 キノコの本

フィールド版キノコの本 松川仁 著

フィールド版キノコの本 松川仁 著

近頃のデジタル画像の技術の向上はすごいと思う。たとえばテレビコマーシャルの色の鮮やかさ、動きのダイナミックさ、輪郭のシャープさには、つい目を白黒させてしまう。とにかく「とってもキレイ」なのだ。

ただ、キレイなものを見ることが気持ちいいこととは限らない。そう、言葉にしにくいんだけど……なんとなく、ね。

およそ素人によるものの多いキノコカラー図鑑においても、写真技術の向上は及んでいるように思う。ブレや露光不足が普通だった昔のものに比べれば、最近の図鑑の写真は地方出版のものですらかなり美しい。そう、やはりキレイなのだが……。

人とは不思議なもので、印象の強いものには関心を持ってもすぐに飽き、結局は地味でも昔からなじんでいるものを手元においてしまう。日本人がピザを毎日食べようとは思わないように、ハワイで一生を過ごそうとは思わないように……。

そんな中で、手描きによる写生図を用いたこの図鑑は、私にとって昔からなじんでいるものだ。見て楽しむ。本物を想像して楽しむ。他の図鑑と比べて楽しむ。本物と見比べて楽しむ。……図鑑をめくるのが楽しくてしょうがなかった子供の頃を思い出させてくれる。

写生図を描くにはそれ相当の労力と時間、そして忍耐が必要だ。著者が苦労をしてスケッチを描き続けたことは、読者にとって信用できる人であることの証でもある。パッと撮って、ちょいといじって、ポッとでたキレイなデジタル画像の見せかけの客観よりも、何年もキノコを追いかけスケッチを描き続けてきた一人の人間の主観を私は信用する。

……この『キノコの本』はB6サイズの薄い図鑑で掲載種数は約270、実用性は並のカラー図鑑に劣るけど、各キノコの記述がソフトでわかりやすいのが良い。しかもよく読んでみると、きちんと自分で調べたことを、借り物じゃない言葉で書いていることがわかる。コピー&ペースト万能の時代に、これって結構すごいことだ。

写生図のほうは、プロ級というわけにはいかないけど、それでも特徴をきちんと捉えているように思う。写真では皆目わからなかったキノコが絵でピンとくることも少なくないから不思議なものだ。それになんと言ったって味があるのがいい。子どもに買い与えるならこういう図鑑がいいな。

「月刊きのこ人」(こじましんいちろう)2009年08月19日に掲載分を再掲載

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