イラスト図鑑・考

図鑑には写真図鑑とイラスト図鑑がある。現在は撮影機材や印刷技術の進歩もあって、写真図鑑が主流だ。写真は実物そのものを写すだけに、客観的で間違いがない。しかも撮影は素早いので、それが動物なら活動している場面を撮ることができる。手描きだとそうはいかない。まず絵が下手だと描けないし、正確に描ける保証もない。時間もかかるし、動き回ってる動物を描くなどは至難のワザだ。

正確じゃない、手間がかかる、難しい……それでも私は、イラスト図鑑のほうをお勧めしたい。

私は子供のころ、図鑑ばかり眺めていた。『昆虫』『鳥』『貝と水の生物』『大むかしの動物』……生き物が大好きだった。絵本は読まなかった。漫画も読まなかった。ただ図鑑だけを見ていた。

なんでそんなに図鑑ばっかり見ていられたのか、理由は私にもわからない。でも、間違いなく言えるのは、子どもの私にとって、図鑑はただの道具じゃなくて、大事な読み物だったということだ。それは図鑑であるのはもちろんのこと、ストーリーを自由に作れる絵本でもあり、脳内対戦シミュレーションのできるゲーム盤でもあり、未知や不思議を空想で埋め合わせる、おもちゃ箱でもあった。実は書いてあることの意味がぜんぜん分かっていなかったのだけど、それでも全然かまわなかった。生き物の絵と名前さえあれば充分、あとはどう読んだって自由。もうそれだけで楽しかった。

図鑑を道具として使うのであれば、それは正確なほどよい。でも私は図鑑を読み物として扱ってあげたい。読み物は、正確な情報なんかよりもっと大事なものを教えてくれるから。

いい読み物ってなんだろうかというと、それは想像力をたくさんはたらかせてくれる本だと思う。図鑑にそんな本あるだろうか。ここで出てくるのがイラスト図鑑だ。

手描きの図版は実物そのものではない。それを描いた人というフィルターを通した、悪く言えば劣化コピーだ。でも、この劣化コピーと実物を見たとき、人はこれを見比べることで、二つの視点を得ることができる。この時、見たことのない別の生き物を、図版から想像することができるようになる。図鑑が読み物になる瞬間だ。

本当に「客観的にものを見る」っていうのは、こういうところから始まるんじゃなかろうか。正確で客観的な図鑑からは正確な情報しか得られない。でも、不正確で主観的な図鑑からは、多面的なものの見方、想像力のはたらかせ方、それに、もっとたくさんのことを学ぶことができる。私がイラスト図鑑をお勧めする理由、わかっていただけましたでしょーか?

なーんてね。まあとにかく生き物の絵が好きなんです。そんだけ。

北隆館『原色きのこ図鑑』

せっかくだから手持ちのイラストきのこ図鑑の絵を比べてみた。ひび割れがチャームポイントの大型きのこ・アカヤマドリをピックアップ。最初は北隆館『原色きのこ図鑑』。図版によっては海洋生物か宇宙生物にしか見えないものがあるけど(想像力超アップ)、アカヤマドリに関しちゃ普通。

保育社の『原色日本新菌類図鑑』

きのこ図鑑の王様、保育社の『原色日本新菌類図鑑』。本郷次雄氏のキノコ図版は逸品ぞろいだけど、アカヤマドリに関してはスペースの折り合いがつかなかったのか、若い菌しか載せていないのが残念。

池田良幸『北陸のきのこ図鑑』

池田良幸『北陸のきのこ図鑑』から。色彩は控え目、美しく描こうという下心を見せないストイックな姿勢にはむしろ好感が持てる。

高山栄『おいしいキノコと毒キノコ』

高山栄『おいしいキノコと毒キノコ』より。見ようによっては工業製品のようにも見えるカチコチとした筆致が魅力的。几帳面、かつ一徹な人なんだろうか、とか(想像力フル回転)

松川仁『キノコの本』

松川仁『キノコの本』。この人の絵、ちょっと素人っぽいんだけど、個人的に好き。手抜きで描いたように見えるキノコもあるけど、それでもそのキノコの特徴をきっちり押さえている。

渡辺隆次『花づくし実づくし』

図鑑じゃないけど渡辺隆次『花づくし実づくし』から。武田神社の天井画に使われているデザインなので丸いけど、さすがプロの画家さん。和風テイストがたまらん。

小林路子『森のきのこ』

小林路子『森のきのこ』。プロの絵描きさんの絵本図鑑とあって、そこいらの図版とはレベルが違う。

アカヤマドリの写真

アカヤマドリの写真。この写真のように柄や傘の裏がうまく写ってないものがあり、調べるのに困る。実用的な面でも写真図鑑が勝るとは限らない。

「月刊きのこ人」(こじましんいちろう)に掲載分を再掲載

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