滅びの美学(ヒトヨタケ)

ヒトヨタケ

菌友のフィールドを案内してもらって歩く。
ここはその中心にいくつか池があるため、周りの土地よりも湿り気が多い土壌を保つことができるのかもしれない。
また、そこから流れ出る水は毛細血管のように幾つかの川となり、周辺の土地に水蒸気となって湿度を供給しているであろう。それが証拠にその川を起点にして、苔が土の上にはびこるように覆い尽くしているのだ。

「それはこの公園を管理する方々が適度に落ち葉を履いてくれてるからなんです」

菌友がそう教えてくれた。管理している人たちととても仲が良いらしい(笑)。

なるほど、この公園はその様にして人の手をさりげなく入れることによって保たれている公園なのだ、と気づく。
そう言われると管理する人たちの「息づかい」が、あちこちに感じられるのは、きっとその人達の思いやりが苔の一つ一つに刻まれているからなのだろう。

そういう意味では、ここに生えている小さな花たち、飛び回っている赤トンボ、時折見られるカワセミ、そして苔の間からひょっこり出るキノコなどは、案外人と上手く共存しているのかもしれないな、、、なんて想像を抱かせてくれるのであった。

そんなフィールドにて見つけた、小さなキノコ、ヒトヨタケ。

ヒトヨタケはその名前が表すように、地上に出てきたと思ったらあっという間に消えていくきのこ。

それは自分自身がもっている分解酵素で自分自身を溶かしていくという、まるで自爆装置を抱え込んでいて、一日経ったら「バルス」と叫んで自壊を始めていく、、そんな姿を想像させてくれるのではないでしょうか、、、。

その溶け具合はまず傘が溶けてインク状のしたたりとなって落ちていき、やがて全体がインクの塊の様になって、消えていくんだそうです、、、

なんという「滅びの美学」。

菌友がその様子を記録したところによると、何日かかけて溶けていくらしいので、「ヒトヨ(一夜)」というわけではないみたいです。
条件によるかもしれませんが、おそらく3、4日かけてちょっとずつ溶けていき、インク状になるのは一週間ぐらいなのじゃないでしょうか?

そんなヒトヨタケ、この状態でもっこりと土から出てきます。

これはまだ傘が開いていない状態。
午後3時ぐらいの撮影ですから、その日のうちに傘が開くのかどうなのかは不明ですが、これぐらい大きくなれば、そろそろ「バルス」と言ってるのかもしません、、、声、聞こえませんか?(笑)。

しかしこの「苔とヒトヨタケのハーモニー」素晴らしいですよね。
人の手が入ることによって保たれているこの環境。それは人がきちんと管理しているが故に「どうぞこのままでいて欲しい」、と願うばかりだ。案内をしてくれた菌友が以前「きのこを抜くことも出来ないんです、、」と言っていたことに合点がいく。

儚き運命を持ったヒトヨタケ、その運が尽きるまでは見守っていたくなりますね。

「とけぬなら とけるまで待とう ヒトヨタケ」

もしかしてこの公園には家康の魂が宿っているかもしれませぬな・・・(*^^*)

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